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014散文诗萩原朔太郎
散文詩集
『田舎の時計 他十二篇』
萩原朔太郎
[表記について]
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海
田舎の時計
坂
大井町
郵便局
墓
自殺の恐ろしさ
詩人の死ぬや悲し
群集の中に居て
虚無の歌
虫
貸家札
この手に限るよ
海
海を越えて、人人は向うに「ある」ことを信じてゐる。
島が、陸が、新世界が。
しかしながら海は、一の広茫(こうぼう)とした眺(なが)めにすぎない。
無限に、つかみどころがなく、単調で飽きつぽい景色を見る。
海の印象から、人人は早い疲労を感じてしまふ。
浪(なみ)が引き、また寄せてくる反復から、人生の退屈な日課を思ひ出す。
そして日向(ひなた)の砂丘に寝ころびながら、海を見てゐる心の隅に、ある空漠たる、不満の苛(いら)だたしさを感じてくる。
海は、人生の疲労を反映する。
希望や、空想や、旅情やが、浪を越えて行くのではなく、空間の無限における地平線の切断から、限りなく単調になり、想像の棲(す)むべき山影を消してしまふ。
海には空想のひだがなく、見渡す限り、平板で、白昼(まひる)の太陽が及ぶ限り、その「現実」を照らしてゐる。
海を見る心は空漠として味気がない。
しかしながら物憂(ものう)き悲哀が、ふだんの浪音のやうに迫つてくる。
海を越えて、人人は向うにあることを信じてゐる。
島が、陸が、新世界が。
けれども、ああ!
もし海に来て見れば、海は我我の疲労を反映する。
過去の長き、厭(いと)はしき、無意味な生活の旅の疲れが、一時に漠然と現はれてくる。
人人はげつそり[#「げつそり」に傍点]とし、ものうくなり、空虚なさびしい心を感じて、磯草(いそくさ)の枯れる砂山の上にくづれてしまふ。
人人は熱情から――恋や、旅情や、ローマンスから――しばしば海へあこがれてくる。
いかにひろびろとした、自由な明るい印象が、人人の眼をひろくすることぞ!
しかしながらただ一瞬。
そして夕方の疲労から、にはかに老衰してかへつて行く。
海の巨大な平面が、かく人の観念を正誤する。
(『日本詩人』1926年6月号)
田舎の時計
田舎に於(おい)ては、すべての人人が先祖と共に生活してゐる。
老人も、若者も、家婦も、子供も、すべての家族が同じ藁屋根(わらやね)の下に居て、祖先の煤黒(すすぐろ)い位牌(いはい)を飾つた、古びた仏壇の前で臥起(ねおき)してゐる。
さうした農家の裏山には、小高い冬枯れの墓丘があつて、彼等の家族の長い歴史が、あまたの白骨と共に眠つてゐる。
やがて生きてゐる家族たちも、またその同じ墓地に葬られ、昔の曾祖母や祖父と共に、しづかな単調な夢を見るであらう。
田舎に於ては、郷党のすべてが縁者であり、系図の由緒(ゆいしよ)ある血をひいてゐる。
道に逢(あ)ふ人も、田畑に見る人も、隣家に住む老人夫妻も、遠きまたは近き血統で、互にすべての村人が縁辺する親戚であり、昔からつながる叔父(おじ)や伯母(おば)の一族である。
そこではだれもが家族であつて、歴史の古き、伝統する、因襲のつながる「家」の中で、郷党のあらゆる男女が、祖先の幽霊と共に生活してゐる。
田舎に於ては、すべての家家の時計が動いてゐない。
そこでは古びた柱時計が、遠い過去の暦の中で、先祖の幽霊が生きてゐた時の、同じ昔の指盤を指(さ)してゐる。
見よ!
そこには昔のままの村社があり、昔のままの白壁があり、昔のままの自然がある。
そして遠い曾祖母の過去に於て、かれらの先祖が縁組をした如く、今も同じやうな縁組があり、のどかな村落の籬(まがき)の中では、昔のやうに、牛や鶏の声がしてゐる。
げに田舎に於ては、自然と共に悠悠として実在してゐる、ただ一の永遠な「時間」がある。
そこには過去もなく、現在もなく、未来もない。
あらゆるすべての生命が、同じ家族の血すぢであつて、冬のさびしい墓地の丘で、かれらの不滅の先祖と共に[#「先祖と共に」に二重丸傍点]、一つの霊魂と共に[#「霊魂と共に」に二重丸傍点]生活してゐる。
昼も、夜も、昔も、今も、その同じ農夫の生活が、無限に単調につづいてゐる。
そこの環境には変化がない。
すべての先祖のあつたやうに、先祖の持つた農具をもち、先祖の耕した仕方でもつて、不変に同じく、同じ時間を続けて行く。
変化することは破滅であり、田舎の生活の没落である。
なぜならば時間が断絶して、永遠に生きる実在から、それの鎖が切れてしまふ。
彼等は先祖のそばに居り、必死に土地を離れることを欲しない。
なぜならば土地を離れて、家郷とすべき住家(すみか)はないから。
そこには拡がりもなく、触(さわ)りもなく、無限に実在してゐる空間がある。
荒寥(こうりよう)とした自然の中で、田舎の人生は孤立してゐる。
婚姻も、出産も、葬式も、すべてが部落の壁の中で、仕切られた時空の中で行はれてゐる。
村落は悲しげに寄り合ひ、蕭条(しようじよう)たる山の麓(ふもと)で、人間の孤独にふるへてゐる。
そして真暗な夜の空で、もろこしの葉がざわざわと風に鳴る時、農家の薄暗い背戸(せど)の厩(うまや)に、かすかに蝋燭(ろうそく)の光がもれてゐる。
馬もまた、そこの暗闇(くらやみ)にうづくまつて、先祖と共に[#「先祖と共に」に二重丸傍点]眠つてゐるのだ。
永遠に、永遠に、過去の遠い昔から居た如くに。
(『大調和』1927年9月号)
坂
坂のある風景は、ふしぎに浪漫的で、のすたるぢや[#「のすたるぢや」に傍点]の感じをあたへるものだ。
坂を見てゐると、その風景の向うに、別の遥(はる)かな地平があるやうに思はれる。
特に遠方から、透視的に見る場合がさうである。
坂が――風景としての坂が――何故にさうした特殊な情趣をもつのだらうか。
理由(わけ)は何でもない。
それが風景における地平線を、二段に別別に切つてるからだ。
坂は、坂の上における別の世界を、それの下における世界から、二つの別な地平線で仕切つてゐる。
だから我我は、坂を登ることによつて、それの眼界にひらけるであらう所の、別の地平線に属する世界を想像し、未知のものへの浪漫的なあこがれ[#「あこがれ」に傍点]を呼び起す。
或る晩秋のしづかな日に、私は長い坂を登つて行つた。
ずっと前から、私はその坂をよく知つてゐた。
それは或る新開地の郊外で、いちめんに広茫とした眺めの向うを、遠くの夢のやうに這つてゐた。
いつか一度、私はその夢のやうな坂を登り、切岸(きりぎし)の上にひらけてゐる、未知の自然や風物を見ようとする、詩的なAdventureに駆られてゐた。
何が坂の向うにあるのだらう?
遂(つい)にやみがたい誘惑が、或る日私をその坂道に登らした。
十一月下旬、秋の物わびしい午後であつた。
落日の長い日影が、坂を登る私の背後(うしろ)にしたがつて、瞑想者(めいそうしや)のやうな影法師をうつしてゐた。
風景はひつそりとして、空には動かない雲が浮いてゐた。
無限に長く、空想にみちた坂道を登つて行つた。
遂に登りつめた時に、眼界に一度に明るく、海のやうにひらけて見えた。
いちめんの大平野で、芒(すすき)や尾花(おばな)の秋草が、白く草むらの中に光つてゐた。
そして平野の所所に、風雅な木造の西洋館が、何かの番小屋のやうに建つてゐた。
それは全く思ひがけない、異常な鮮新な風景だつた。
私のどんな想像も、かつてこの坂の向うに、こんな海のやうな平野があるとは思はなかつた。
一寸(ちょっと)の間、私はこの眺めの実在を疑つた。
ふいに思ひがけなく、海上に浮んだ蜃気楼(しんきろう)のやうな気がしたからだ。
『おーい!
』
理由もなく、私は大声をあげて呼んでみた。
広茫とした平野の中で、反響がどこまで行くかを試(ため)さうとして。
すると不意に、前の草むらが風に動いた。
何物かの白い姿がそこにかくれてゐたのである。
すぐに私は、草の中で動くパラソルを見た。
二人の若い娘が、秋の侘しい日ざしをあびて、石の上にむつまじく坐つてゐたのだ。
『娘たちは詩を思つてる。
彼等の生活[#「生活」に傍点]をさまたげまい。
なぜなら娘たちにとつては、詩が生活の一切だから。
けれども僕にとつては!
僕は肯定さるべき所の、何物の観念でもない!
』
さうして心が暗くなり、悲しげにそこを去らうとした。
けれどもその時、背後をふりかへつた娘の顔が、一瞥(いちべつ)の瞬間にまで、ふしぎな電光写真のやうに印象された。
なぜならその娘こそ、この頃私の夢によく現はれてくるやさしい娘――悲しい夢の中の恋人――物言はぬお嬢さん――にそつくりだから。
いくたび、私は夢の中でその人と逢つてるだらう。
いつも夜あけ方のさびしい野原で、或(あるい)は猫柳の枯れてる沼沢地方で、はかない、しづかな、物言はぬ媾曳(あいびき)をしてゐるのだ。
『お嬢さん!
』
いつも私が、丁度夢の中の娘に叫ぶやうに、ふいに白日(はくじつ)の中に現はれたところの、現実の娘に呼びかけようとした。
どうして、何故に、夢が現実にやつて来たのだらうか。
ふしぎな、言ひやうもない予感が、未知の新しい世界にまで、私を幸福感でいつぱいにした。
実はその新しい世界や幸福感やは、幾年も幾年も遠い昔に、私がすつかり忘れてしまつてゐたものであつた。
しかしながら理性が、たちまちにして私の幻覚を訂正した。
だれが夢遊病者でなく、夢を白日に信ずるだらうか。
愚かな、馬鹿馬鹿しい、ありふれた錯覚を恥ぢながら、私はまた坂を降つて来た。
然(しか)り――。
私は今もそれを信じてゐる。
坂の向うにある風景は、永遠の『錯誤』にすぎないといふことを。
(『令女界』1927年9月号)
大井町
人生はふしぎなもので、無限の悲しい思ひやあこがれにみたされてゐる。
人はさうした心境から、自分のすがた[#「すがた」に傍点]を自然に映(うつ)して、或は現実の環境に、或は幻想する思ひの中に、それぞれの望ましい地方を求めて、自分の居る景色の中に住んでるものだ。
たとへてみれば、或る人は平和な田園に住家(すみか)を求めて、牧場や農場のある景色の中を歩いてゐる。
そして或る人は荒寥(こうりよう)とした極光地方で、孤独のぺんぎん鳥のやうにして暮してゐるし、或る人は都会の家並の混(こ)んでる中で、賭博場や、洗濯屋や、きたない酒場や理髪店のごちやごちやしてゐる路地(ろじ)を求めて、毎日用もないのにぶらついてゐる。
或る人たちは、郊外の明るい林を好んで、若い木の芽や材木の匂(にお)ひを嗅(か)いでゐるのに、或る人は閑静の古雅を愛して、物寂(ものさ)びた古池に魚の死体が浮いてるやうな、芭蕉庵(ばしようあん)の苔(こけ)むした庭にたたずみ、いつもその侘しい日影を見つめて居る。
げに人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。
人はその心境をもとめるために、現実にも夢の中にも、はてなき自然の地方を徘徊(はいかい)する。
さうして港の波止場(はとば)に訪ねくるとき、汽船のおーぼー[#「おーぼー」に傍点]といふ叫びを聞き、檣(ほばしら)のにぎやかな林の向うに、青い空の光るのをみてゐると、しぜんと人間の心のかげに、憂愁のさびしい涙がながれてくる。
私が大井町へ越して来たのは、冬の寒い真中であつた。
私は手に引つ越しの荷物をさげ、古ぼけた家具の類や、きたないバケツや、箒(ほうき)、炭取りの類をかかへ込んで、冬のぬかるみの街を歩き廻つた。
空は煤煙でくろずみ、街の両側には、無限の煉瓦(れんが)の工場が並んでゐた。
冬の日は鈍くかすんで、煙突から熊のやうな煙を吹き出してゐた。
貧しいすがたをしたおかみさん[#「おかみさん」に傍点]が、子供を半てんおんぶで背負ひこみながら、天日のさす道を歩いてゐる。
それが私のかみさんであり、その後からやくざな男が、バケツや荷をいつぱい抱へて、痩犬(やせいぬ)のやうについて行つた。
大井町!
かうして冬の寒い盛りに、私共の家族が引つ越しをした。
裏町のきたない長屋に、貧乏と病気でふるへてゐた。
ごみためのやうな庭の隅に、まいにち腰巻やおしめ[#「おしめ」に傍点]を干してゐた。
それに少しばかりの日があたり、小旗のやうにひらひらしてゐた。
大井町!
無限にさびしい工場がならんでゐる、煤煙で黒ずんだ煉瓦の街を、大ぜいの労働者がぞろぞろと群がつてゐる。
夕方は皆が食ひ物のことを考へて、きたない料理屋のごてごてしてゐる、工場裏の町通りを歩いてゐる。
家家の窓は煤(すす)でくもり、硝子が小さくはめられてゐる。
それに日ざしが反射して、黒くかなしげに光つてゐる。
大井町!
まづしい人人の群で混雑する、あの三叉(みつまた)の狭い通りは、ふしぎに私の空想を呼び起す。
みじめな郵便局の前には、大ぜいの女工が群がつてゐる。
どこへ手紙を出すのだらう。
さうして黄色い貯金帳から、むやみに小銭をひき出してる。
空にはいつも煤煙がある。
屋台は屋台の上に重なり、泥濘のひどい道を、幌馬車(ほろばしや)の列がつながつてゆく。
大井町!
鉄道工廠(こうしよう)の住宅地域!
二階建ての長屋の窓から、工夫(こうふ)のおかみさんが怒鳴つてゐる。
亭主(ていしゆ)は駅の構内で働らいてゐて、真黒の石炭がらを積みあげてゐる。
日ぐれになると、そのシヤベルが遠くで悲しく光つてみえる。
長屋の硝子窓に蠅(はえ)がとまつて、いつまでもぶむぶむとうなつてゐる。
どこかの長屋で餓鬼が泣いてゐる。
嬶が破れるやうに怒鳴つてるので、亭主もかなしい思ひを感じてゐる。
そのしやつぽ[#「しやつぽ」に傍点]を被つた労働者は、やけに石炭を運びながら、生活の没落を感じてゐる。
どうせ嬶を叩(たた)き出して、宿場(しゆくば)の女郎でも引きずり込みたいと思つてゐる。
労働者のかなしいシヤベルが、遠くの構内で光つてゐる。
人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。
人は自分の思ひを自然に映して、それぞれの景色の中に居住してゐる。
大井町!
煙突と工場と、さうして労働者の群がつてゐる、あの賑(にぎ)やかでさびしい街に、私は私の住居を見つけた。
私の泥長靴(どろながぐつ)をひきずりながら、まいにちあの景色の中を歩いてゐた。
何といふ好い町だらう。
私は工場裏の路地を歩いて、とある長屋の二階窓から、鼠(ねずみ)の死骸(しがい)を投げつけられた。
意地の悪い土方の嬶等が、いつせいに窓から顔を突き出し、ひひひひひと言つて笑つた。
何といふうれしい出来事でせう。
私はかういふ人生の風物からどんな哲学でも考へうるのだ。
どうせ私のやうな放浪者には、東京中を探したつて、大井町より好い所はありはしない。
冬の日の空に煤煙!
さうして電車を降(お)りた人人が、みんな煉瓦の建物に吸ひこまれて行く。
やたら凸凹(でこぼこ)した、狭くきたない混雑の町通り。
路地は幌馬車でいつもいつぱい。
それで私共の家族といへば、いつも貧乏にくらしてゐるのだ。
(年刊『詩と随筆集』第一輯1928年5月発行)
郵便局
郵便局といふものは、港や停車場やと同じく、人生の遠い旅情を思はすところの、悲しいのすたるぢや[#「のすたるぢや」に傍点]の存在である。
局員はあわただしげにスタンプを捺し、人人は窓口に群がつてゐる。
わけても貧しい女工の群(むれ)が、日給の貯金通帳を手にしながら、窓口に列をつくつて押し合ってゐる。
或る人人は為替(かわせ)を組み入れ、或る人人は遠国への、かなしい電報を打たうとしてゐる。
いつも急がしく、あわただしく、群衆によつてもまれてゐる、不思議な物悲しい郵便局よ。
私はそこに来て手紙を書き、そこに来て人生の郷愁を見るのが好きだ。
田舎の粗野な老婦が居て、側の人にたのみ、手紙の代筆を懇願してゐる。
彼女の貧しい村の郷里で、孤独に暮してゐる娘の許(もと)へ、秋の袷(あわせ)や襦袢(じゆばん)やを、小包で送つたといふ通知である。
郵便局!
私はその郷愁を見るのが好きだ。
生活のさまざまな悲哀を抱きながら、そこの薄暗い壁の隅で、故郷への手紙を書いてゐる若い女よ!
鉛筆の心も折れ、文字も涙によごれて乱れてゐる。
何をこの人生から、若い娘たちが苦しむだらう。
我我もまた君等と同じく、絶望のすり切れた靴をはいて、生活(ライフ)の港港を漂泊してゐる。
永遠に、永遠に、我我の家なき魂は凍えてゐるのだ。
郵便局といふものは、港や停車場と同じやうに、人生の遠い旅情を思はすところの、魂の永遠ののすたるぢや[#「のすたるぢや」に傍点]だ。
(『若草』1929年3月号)
墓
これは墓である。
蕭条たる風雨の中で、かなしく黙しながら、孤独に、永遠の土塊(つちくれ)が存在してゐる。
何がこの下に、墓の下にあるのだらう。
我我はそれを考へ得ない。
おそらくは深い穴が、がらんどうに掘られてゐる。
さうして僅(わず)かばかりの物質――人骨や、歯や、瓦(かわら)や――が、蟾蜍(ひきがえる)と一緒に同棲(どうせい)して居る。
そこには何もない。
何物の生命も、意識も、名誉も。
またその名誉について感じ得るであらう存在もない。
尚(な)ほしかしながら我我は、どうしてそんなに悲しく、墓の前を立ち去ることができないだらう。
我我はいつでも、死後の「無」について信じてゐる。
何物も残りはしない。
我我の肉体は解体して、他の物質に変つて行く。
思想も、神経も、感情も、そしてこの自我の意識する本体すらも、空無の中に消えてしまふ。
どうして今日の常識が、あの古風な迷信――死後の生活――を信じよう。
我我は死後を考へ、いつも風にやうに哄笑(こうしよう)するのみ!
しかしながら尚ほ、どうしてそんなに悲しく、墓の前を立ち去ることができないだらう。
我我は不運な芸術家で、あらゆる逆境に忍んで居る。
我我は孤独に耐へて、ただ後世にまで残さるべき、死後の名誉を考へてゐる。
ただそれのみを考へてゐる。
けれどもああ、人が墓場の中に葬られて、どうして自分を意識し得るか。
我我の一切は終つてしまふ。
後世になつてみれば、墓場の上に花環を捧(ささ)げ、数万の人が自分の名作を讃(たた)へるだらう。
ああしかし!
だれがその時墓場の中で、自分の名誉を意識し得るか?
我我は生きねばならない。
死後にも尚ほ且(か)つ、永遠に墓場の中で、生きて居なければならない[#「生きて居なければならない」に二重丸傍点]のだ。
蕭条たる風雨の中で、さびしく永遠に黙しながら、無意味の土塊が実在して居る。
何がこの下に、墓の下にあるだらう。
我我はそれを知らない。
これは墓である!
墓である!
(『新文学準備倶楽部』1929年6月号)
自殺の恐ろしさ
自殺そのものは恐ろしくない。
自殺に就(つ)いて考へるのは、死の刹那(せつな)の苦痛でなくして、死の決行された瞬時に於ける、取り返しのつかない悔恨である。
今、高層建築の五階の窓から、自分は正に飛び下りようと用意して居る。
遺書も既に書き、一切の準備は終つた。
さあ!
目を閉ぢて、飛べ!
そして自分は飛びおりた。
最後の足が、遂に窓を離れて、身体(からだ)が空中に投げ出された。
だがその時、足が窓から離れた一瞬時、不意に別の思想が浮び、電光のやうに閃(ひら)めいた。
その時始めて、自分ははつきり[#「はつきり」に傍点]と生活の意義を知つたのである。
何たる愚事ぞ。
決して、決して、自分は死を選ぶべきでなかつた。
世界は明るく、前途は希望に輝やいて居る。
断じて自分は死にたくない。
死にたくない。
だがしかし、足は既に窓から離れ、身体は一直線に落下して居る。
地下には固い鋪石。
白いコンクリート。
血に塗(まみ)れた頭蓋骨(ずがいこつ)!
避けられない決定!
この幻想のおそろしさから、私はいつも白布のやうに蒼ざめてしまふ。
何物も、何物も、決してこれより恐ろしい空想はない。
しかもこんな事実が、実際に有り得ないといふことは無いだらう。
既に死んでしまつた自殺者等が、再度もし生きて口を利(き)いたら、おそらくこの実験を語るであらう。
彼等はすべて、墓場の中で悔恨してゐる幽霊である。
XXも考へて恐ろしく、私は夢の中でさへ戦慄する。
(『セルパン』1931年5月号)
詩人の死ぬや悲し
ある日の芥川龍之介が、救ひのない絶望に沈みながら、死の暗黒と生の無意義について私に語つた。
それは語るのでなく、むしろ訴へてゐるのであつた。
「でも君は、後世に残るべき著作を書いている。
その上にも高い名声がある。
」
ふと、彼を慰めるつもりで言つた私の言葉が、不幸な友を逆に刺戟(しげき)し、真剣になつて怒らせてしまつた。
あの小心で、羞(はに)かみやで、いつもストイツクに感情を隠す男が、その時顔色を変へて烈(はげ)しく言つた。
「著作?
名声?
そんなものが何になる!
」
独逸(ドイツ)のある瘋癲(ふうてん)病院で、妹に看病されながら暮して居た、晩年の寂しいニイチエが、或る日ふと空を見ながら、狂気の頭脳に記憶をたぐつて言つた。
――おれも昔は、少しばかりの善い本を書いた!
と。
あの傲岸(ごうがん)不遜(ふそん)のニイチエ。
自ら称して「人類史以来の天才」と傲語したニイチエが、これはまた何と悲しく、痛痛しさの眼に沁(し)みる言葉であらう。
側に泣きぬれた妹が、兄を慰める為(ため)に言つたであらう言葉は、おそらく私が、前に自殺した友に語つた言葉であつたらう。
そしてニイチエの答へた言葉が、同じやうにまた、空洞(うつろ)な悲しいものであつたらう。
「そんなものが何になる!
そんなものが何になる!
」
ところが一方の世界には、彼等と人種のちがつた人が住んでる。
トラフアルガルの海戦で重傷を負つたネルソンが、軍医や部下の幕僚(ばくりよう)たちに囲まれながら、死にのぞんで言つた言葉は有名である。
「余は祖国に対する義務を果たした。
」と。
ビスマルクや、ヒンデンブルグや、伊藤博文や、東郷(とうごう)大将やの人人が、おそらくはまた死の床で、静かに過去を懐想しながら、自分の心に向つて言つたであらう。
「余は、余の為(な)すべきすべてを尽した。
」と。
そして安らかに微笑しながら、心に満足して死んで行つた。
それ故(ゆえ)に諺(ことわざ)は言ふ。
鳥の死ぬや悲し、人の死ぬや善(よ)しと。
だが我我の側の地球に於(おい)ては、それが逆に韻律され、アクセントの強い言葉で、もつと悩み深く言ひ換へられる。
――人の死ぬや善し。
詩人の死ぬや悲し!
(『行動』1934年11月号)
群集の中に居て
群集は孤独者の家郷である。
ボードレエル
都会生活の自由さは、人と人との間に、何の煩瑣(はんさ)な交渉もなく、その上にまた人人が、都会を背景にするところの、楽しい群集を形づくつて居ることである。
昼頃になつて、私は町のレストラントに坐つて居た。
店は賑(にぎ)やかに混雑して、どの卓にも客が溢(あふ)れて居た。
若い夫婦づれや、学生の一組や、子供をつれた母親やが、あちこちの卓に坐つて、彼等自身の家庭のことや、生活のことやを話して居た。
それらの話は、他の人人と関係がなく、大勢の中に混つて、彼等だけの仕切られた会話であつた。
そして他の人人は、同じ卓に向き合つて坐りながら、隣人の会話とは関係なく、夫夫(それぞれ)また自分等だけの世界に属する、勝手な仕切られた話をしやべつて居た。
この都会の風景は、いつも無限に私の心を楽しませる。
そこでは人人が、他人の領域と交渉なく、しかもまた各人が全体としての雰囲気(ふんいき)(群集の雰囲気)を構成して居る。
何といふ無関心な、伸伸(のびのび)とした、楽しい忘却をもつた雰囲気だらう。
黄昏(たそがれ)になつて、私は公園の椅子に坐つて居た。
幾組もの若い男女が、互に腕を組み合せながら、私の坐つてる前を通つて行つた。
どの組の恋人たちも、嬉(うれ)しく楽しさうに話をして居た。
そして互にまた、他の組の恋人たちを眺め合ひ、批
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