子をつれてWord格式文档下载.docx
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がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。
如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証書通り、私の方では直ぐにも実行しますから」
何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。
彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払うことにしますから」と、相手の呶鳴るのを抑える為め手を振って繰返すほかなかった。
「……実に変な奴だねえ、そうじゃ無い?
よう/\三百の帰った後で、彼は傍で聴いていた長男と顔を見交わして苦笑しながら云った。
「……そう、変な奴」
子供も同じように悲しそうな苦笑を浮べて云った。
……
狭い庭の隣りが墓地になっていた。
そこの今にも倒れそうになっている古板塀に縄を張って、朝顔がからましてあった。
それがまた非常な勢いで蔓が延びて、先きを摘んでも摘んでもわきから/\と太いのが出て来た。
そしてまたその葉が馬鹿に大きくて、毎日見て毎日大きくなっている。
その癖もう八月に入ってるというのに、一向花が咲かなかった。
いよ/\敷金切れ、滞納四ヵ月という処から家主との関係が断絶して、三百がやって来るようになってからも、もうひとつき一月程も経っていた。
彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったりあぶらかす油粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿延びに延びて花の咲かない朝顔を余程皮肉な馬鹿者のようにも、またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が一層のみじ惨めなたわけもの痴呆者であるような気もされた。
そして最初に訪ねて来た時分の三百の煮え切らない、変に廻りくど冗く持ちかけて来る話を、幾らか馬鹿にした気持で、塀いっぱいには匐いのぼった朝顔を見い/\聴いていたのであった。
所がそのうち、二度三度と来るうちに、三百の口調態度がすっかり変って来ていた。
そして彼は三百の云うなりになって、八月十日限りといういろ/\な条件附きの証書をも書かされたのであった。
そして無理算段をしては、細君を遠い郷里のさと実家へ金策にた発たしてやったのであった。
「なんだってあの人はあゝ怒ったの?
「やっぱし僕達に引越せって訳さ。
なあにね、あした明日あたり屹度母さんから金が来るからね、直ぐ引越すよ、あんな奴幾ら怒ったって平気さ」
膳の前に坐っている子供等相手に、斯うした話をしながら、彼はやはり淋しい気持で盃を嘗め続けた。
無事に着いた、屹度十日までに間に合せて金を持って帰るから――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女のこと、またひたち常陸の磯原へ避暑に行ってるKのこと、――Kからは今朝も、二ツ島という小松の茂ったそこの磯近くの巌に、白い波の砕けている風景の絵葉書が来たのだ。
それには、「なこそのせき勿来関に近いこゝらはもう秋だ」というようなことが書いてあった。
それがこの三年以来の暑気だという東京の埃りの中で、藻掻き苦しんでいる彼には、好い皮肉であらねばならなかった。
「いや、Kは暑を避けたんじゃあるまい。
恐らくは小田を勿来関に避けたという訳さ」
斯う彼等の友達の一人が、Kが東京を発った後で云っていた。
それほど彼はこの三四ヵ月来Kにはいろ/\厄介をかけて来ていたのであった。
この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後にKひとりが残された彼の友人であった。
で「小田は十銭持つと、渋谷へばかし行っているそうじゃないか」友人達は斯う云って蔭で笑っていた。
晩の米が無いから、明日の朝食べる物が無いから――と云っては、その度に五十銭一円とねだ強請って来た。
Kは小言を並べながらも、金の無い時には古本や古着古靴などまで持たして寄越した。
彼は帰って来て、「そうらお土産……」と、赤い顔する細君の前へ押遣るのであった。
(何処からか、救いのおつかい使者がありそうなものだ。
自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人がう饑えずに暮して行けるのである。
たったこれだけの金を器用に儲けれないという自分の低能も度し難いものだが、併したったこれだけの金だから何処からかひとりでに出て来てもよさそうな気がする)彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては来なかった。
何処も彼処も封じられて了った。
一日々々と困って行った。
蒲団が無くなり、火鉢が無くなり、机が無くなった。
自滅だ――終いには斯う彼も絶望して自分に云った。
電灯屋、新聞屋、そばや、洋食屋、町内のつきあい――いろんなものがやって来る。
へや室の中に落着いて坐ってることが出来ない。
夜も晩酌が無くては眠れない。
頭が痛んでふらふらする。
胸はいつでもどきん/\している。
と云って彼は何処へも訪ねて行くことが出来ないので、やはり十銭持つと、Kの渋谷の下宿へ押かけて行くほかなかった。
Kは午前中は地方の新聞の長篇小説を書いて居る。
午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。
彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。
先客があったり、後から誰か来合せたりすると彼は往きにもまして一層めい滅入った、一層圧倒された惨めな気持にされて帰らねばならぬのだ――
彼は歯のすっかりすり減ったひより日和を履いて、終点で電車を下りて、午下りの暑い盛りをだら/\汗を流しながら、Kの下宿の前庭の高い松の樹を見あげるようにして、砂利を敷いた坂路を、ひょろ高いまが屈った身体してテク/\上って行くのであった。
松の樹にはいつでも蝉がギン/\鳴いていた。
また玄関前のタヽキの上には、下宿の大きな土佐犬が手脚を伸して寝そべっていた。
彼は玄関へ入るなり、まず敷台の隅の洋傘やステッキの沢山差してある瀬戸物の筒に眼をつける――Kの握り太の籐のステッキが見える――と彼は案内を乞うのも気が引けるので、こそ/\と二階のKの室へあがって行く。
「……K君――」
「どうぞ……」
Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。
「この暑いのに……」
Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持になって、ぐたりと坐るのであった。
それから二人の間には、大抵次ぎのような会話が交わされるのであった。
「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは差上げますがね。
併しこの一円金あった処で、明日一日しの凌げば無くなる。
……後をどうするかね?
僕だって金持という訳ではないんだからね、そうは続かないしね。
一体君はどうご自分の生活というものを考えて居るのか、僕にはさっぱり見当が附かない」
「僕にも解らない……」
「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。
で、一体君は、そうしていてちっ些ともこわ怖いと思うことはないかね?
「そりゃ怖いよ。
何もか彼も怖いよ。
そして頭が痛くなる、漠然とした恐怖――そしてどうしていゝのか、どう自分の生活というものを考えていゝのか、どう自分の心持を取直せばいゝのか、さっぱり見当が附かないのだよ」
「フン、どうして君はそうかな。
些とも漠然とした恐怖なんかじゃないんだよ。
明瞭な恐怖なんじゃないか。
恐ろしい事実なんだよ。
最も明瞭にして恐ろしい事実なんだよ。
それが君に解らないというのは僕にはどうも不思議でならん」
Kは斯う云って、口をつぐ噤んでしま了う。
彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。
彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解らないのだ。
がその本体の前にじり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたように刻々と陥没しつゝある――そのことだけは解っている。
けれどもすっかり陥没し切るまでには、案外時がかゝるものかも知れないし、またその間にどんな思いがけない救いの手が出て来るかも知れないのだし、また福運という程ではなくも、どうかして自分等家族五人が饑えずにい活きて行けるような新しい道が見出せないとも限らないではないか?
――無気力な彼の考え方としては、結局またこんな処へ落ちて来るということは寧ろ自然なことであらねばならなかった。
(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。
そして自分の家来にする。
そして滅茶苦茶にコキ使う。
厭なことばかしさせる。
終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処を逃げ出す。
そして大きな石の下なぞに息を殺して隠れて居る。
すると婆さんが捜しに来る。
そして大きな石をあげて見る、――いやはや悪魔共が居るわ/\、塊り合ってわな/\ぶる/\慄えている。
それをまた婆さんがひっつか引掴んで行って、一層ひどくコキ使う。
それでもどうしても云うことを聴かない奴は、こ懲らしめる為め何千年とか何万年とかいう間、何にも食わせずに壁の中や巌の中へ魔法で封じ込めて置く――)
これがKの、チベット西蔵のお伽噺――恐らくはKの創作であろう――というものであった。
話上手のKから聴かされては、この噺は幾度聴かされても彼にはおもしろかった。
「何と云って君はジタバタしたって、所詮君という人はこの魔法使いの婆さん見たいなものに見込まれて了っているんだからね、幾ら逃げ廻ったって、そりゃ駄目なことさ、それよりもおと穏なしく婆さんの手下になって働くんだね。
それに通力を抜かれて了った悪魔なんて、ほんとに仕様が無いもんだからね。
それも君ひとりだったら、そりゃ壁の中でも巌の中でも封じ込まれてもいゝだろうがね、細君や子供達まで巻添えにしたんでは、そりゃ可哀相だよ」
「そんなもんかも知れんがな。
併しその婆さんなんていう奴、そりゃ厭な奴だからね」
「厭だって仕方が無いよ。
僕等は食わずにゃ居られんからな。
それに厭だって云い出す段になったら、そりゃ君の方の婆さんばかしとは限らないよ」
夕方近くになって、彼は晩の米を買う金を一円、五十銭と貰っては、帰って来る。
(本当に、この都会という処には、Kのいうその魔法使いの婆さん見たいな人間ばかしだ!
)と、彼は帰りの電車の中でつく/″\と考える。
――いや、彼を使ってやろうというような人間がそんなのばかりなのかも知れないが。
で彼は、彼等の酷使に堪え兼ねては、逃げ廻る。
食わず飲まずでもいゝからと思って、石の下――なぞに隠れて見るが、また引掴まえられて行く。
……既に子供達というものがあって見れば!
運命だ!
が、やっぱし辛抱が出来なくなる。
そして、逃げ廻る。
処で彼は、今度こそはと、必死になって三四ヵ月も石の下に隠れて見たのだ。
がその結果は、やっぱし壁や巌の中へ封じ込められようということになったのだ。
Kへは気の毒である。
けれども彼には何処と云って訪ねる処が無い。
でやっぱし、十銭持つと、渋谷へかよ通った。
処が最近になって、彼はKの処からも、封じられることになった。
それは、Kの友人達が、小田のような人間を補助するということはKの不道徳だと云って、Kを非難し始めたのであった。
「小田のようなのは、つまり悪疾患者見たいなもので、それもある篤志な医師などに取っては多少の興味あるいきもの活物であるかも知れないが、吾々健全な一般人に取っては、寧ろ有害無益の人間なのだ。
そんな人間の存在を助けているということは、社会生活という上から見て、正しく不道徳な行為であらねばならぬ」斯ういうのが彼等の一致した意見なのであった。
「一体貧乏ということは、決して不道徳なものではない。
好い意味の貧乏というものは、却て他人に謙遜な好い感じを与えるものだが、併し小田のはあれは全く無茶というものだ。
貧乏以上の状態だ。
憎むべき生活だ。
あの博大なドストエフスキーでさえ、貧乏ということはいゝことだが、貧乏以上の生活というものは呪うべきものだと云っている。
それは神の偉大を以てしても救うことが出来ないから……」斯うまた、彼等のうちの一人の、露西亜文学通が云った。
また、つい半月程前のことであった。
彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へもこうでん香奠返しのお茶を小包で送って来た。
彼には無論一円という香奠を贈る程の力は無かったが、それもKが出して置いて呉れたのであった。
Yの父が死んだ時、友人同士が各自に一円ずつの香奠を送るというのも面倒だから、連名にして送ろうではないかという相談になって(彼はその席には居合せなかったが)その時Kが「小田も入れといてやろうじゃないか、斯ういう場合なんだからね、小田も可愛相だよ」斯う云って、彼の名をも書き加えて、Kが彼の分をも負担したのであった。
それから四十九日が済んだという翌くる日の夕方前、――丁度また例の三百が来ていて、それがまだ二三度目かだったので、例の廻りくど冗い不得要領なそらとぼ空恍けた調子で、並べ立てていた処へ、丁度その小包が着いたのであった。
「いや私も近頃は少し脳の加減を悪るくして居りましてな」とか、「えゝその、居は心を移すとか云いますがな、それは本当のことですな。
何でも斯ういう際は多少の不便を忍んでもすぱりと越して了うんですな。
第一処が変れば周囲の空気からして変るというもんで、自然人間の思想も健全になるというような訳で……」斯う云ったようなことを一時間余りもそれからそれと並べ立てられて、彼はすっかり参っていた処なので、もう解ったから早く帰って呉れと云わぬばかしの顔していた処なので、そこへ丁度好くそのお茶の小包が着いたので、それが気になって堪らぬと云った風をしては、わき座側に置いた小包に横目をやっていた。
また実際一円の香奠を友人に出して貰わねばならぬ様な身分の彼としては、一斤というお茶は貴重なものに違いなかった。
で三百の帰った後で、彼は早速小包の横を切るのももどかしい思いで、包装を剥ぎ、そしてそろ/\と紙箱の蓋を開けたのだ。
……新しいブリキ鑵の快よい光!
山本山と銘打った紅いレッテルのうる美わしさ!
彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽いめまい眩暈すら感じたのであった。
彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐るるかのように、そうっと注意深く鑵を引出して、みと見惚れたように眺め廻した。
……と彼は、ハッとしたさま態で、あぶなく鑵を取落しそうにした。
そしてたちま忽ち今までの嬉しげだった顔が、急にしょ悄げ垂れた、にが苦いような悲しげな顔になって、絶望的な太息を漏らしたのであった。
それは、その如何にも新らしい快よい光輝を放っている山本山正味百二十匁入りのブリキの鑵に、レッテルの貼られた後ろの方に、大きな凹みが二箇所というもの、出来ていたのであった。
何物かへ強く打つけたか、何物かで強く打ったかとしか思われない、ひどい凹みであった。
やがて、当然、彼の頭の中に、これを送った処のYという人間が浮んで来た。
あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定してまっしぐ驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星といえど雖も除き去らずにはお措かぬという強猛な感情家のY、――併し彼は如何に猜疑心を逞しゅうして考えて見ても、まさかYが故意に、彼を辱しめる為めに送って寄越したのだとは、彼にも考えることが出来なかった。
……それは余りにいわれ理由ないことであった。
「何しろ身分が身分なんだから、それは大したものに違いなかろうからな、一々開けてしら検べて見るなんて出来た訳のものではなかろう。
つまり偶然に、斯うした傷物が俺に当ったという訳だ……」
それが当然の考え方に違いなかった。
併し彼は何となく自分の身が恥じられ、また悲しく思われた。
偶然とは云え、斯うした物に紛れ当るということは、余程呪われた者の運命に違いないという気が強くされて――
彼は、子供等が庭へ出て居り、また丁度細君も使いに行ってて留守だったのを幸い、台所へ行ってすりこぎ擂木で出来るだけその凹みを直し、妻に見つかって詰問されるのを避ける準備をして置かねばならなかった。
それから二三日経って、彼はKに会った。
Kは彼の顔を見るなり、鋭い眼に皮肉な微笑を浮べて、
「君の処へも山本山が行ったろうね?
」と訊いた。
「あ貰ったよ。
そう/\、君へお礼を云わにゃならんのだっけな」
「お礼はいゝが、それで別段異状はなかったかね?
「異状?
……」彼にもKの云う意味が一寸わからなかった。
「……だと別に何でもないがね、僕はまた何処か異状がありやしなかったかと思ってね。
……そんな話を一寸聞いたもんだから」
斯う云われて、彼の顔色が変った。
――鑵の凹みのことであったのだ。
それは、全く、彼にも想像にも及ばなかった程、恐ろしい意外のことであった。
鑵の凹みは、Yが特に、毎朝振り慣れたてつあれい鉄唖鈴で以て、左りぎっちょの逞しい腕に力をこめて、Kの口調で云うと、「えゝ憎き奴め!
」とばかり、殴りつけて寄越したのだそうであった。
「……K君そりゃ本当の話かね?
何でまたそれ程にする必要があったんかね?
変な話じゃないか。
俺はYにも御馳走にはなったことはあるが、金は一文だって借りちゃいないんだからな……」
斯う云った彼の顔付は、今にも泣き出しそうであった。
「だからね、そんな、君の考えてるようなもんではないってんだよ、世の中というものはね。
もっと/\君の考えてる以上に怖ろしいものなんだよ、現代の生活マンの心理というものはね。
……つまり、他に理由はないんさ、要するに貧乏な友達なんか要らないという訳なんだよ。
他に君にどんな好い長所や美点があろうと、唯君が貧乏だというだけの理由から、彼等は好かないというんだからね、仕様がないじゃないか。
殊にYなんかというあゝ云った所謂道徳家から見ては、単に悪病患者視してるに堪えないんだね。
機会さえあればそう云った目障りなものを除き去ろう撲滅しようとかゝってるんだからね。
それで今度のことでは、Yは僕のこともひどく憤慨してるそうだよ。
……小田のような貧乏人から、香奠なんか貰うことになったのも、皆なKのせいだというんでね。
かと云って、まさか僕に鉄唖鈴を喰わせる訳にも行かなかったろうからね。
何しろ今の娑婆というものは、そりゃ怖ろしいことになって居るんだからね」
「併し俺には解らない、どうしてそんなYのような馬鹿々々しいことが出来るのか、僕には解らない」
「そこだよ、君に何処か知らぬ脱けてる――と云っては失敬だがね、それは君は自分に得意を感じて居る人間が、惨めな相手の一寸したことに対しても持ちたがる憤慨や暴慢というものがどんな程度のものだかということを了解していないからなんだよ。
それに一体君は、魔法使いの婆さん見たいな人間は、君に仕事をさせて呉れるような方面にばかし居るんだと思ってるのが、根本の間違いだと思うがな。
吾々の周囲――文壇人なんてもっとひどいものかも知れないからね。
君のいう魔法使いの婆さんとは違った、風流な愛とか人道とかいつ慈くしむとか云ってるから悉くこれ慈悲にんにく忍辱の士君子かなんぞと考えたら、飛んだ大間違いというもんだよ。
このことだけは君もよく/\腹に入れてかゝらないと、本当に君という人は吾々の周囲から、……生存出来ないことになるぜ!
世間には僕のような風来坊ばかし居ないからね」
今にも泣き出しそうにしばた瞬たいている彼の眼を覗き込んで、Kは最後の宣告でも下すように、斯う云った。
二
…………
眼を醒まして見ると、彼は昨夜のまゝのお膳の前に、肌襦袢一枚で肱枕して寝ていたのであった。
身体中そちこち蚊に喰われている。
膳の上にも盃の中にも蚊が落ちている。
嘔吐を催させるような酒の臭い――彼はまだ酔の残っているふら/\した身体を起して、雨戸を開け放した。
次ぎの室で子供等が二人、蚊帳も敷蒲団もなく、ボロ毛布の上へ着たなりで眠っていた。
朝飯を済まして、書留だったらこれを出せと云って子供にみとめ認印を預けて置いて、貸家捜しに出かけようとしている処へ、三百が、格子外から声かけた。
「家もき定まったでしょうな?
今日は十日ですぜ。
……御承知でしょうな?
「これから捜そうというんですがな、併し晩までに引越したらそれでいゝ訳なんでしょう」
「そりゃ晩までで差支えありませんがね、併し余計なことを申しあげるようですが、引越しはなるべく涼しいうちの方が好かありませんかね?
「併し兎に角晩までには間違いなく引越しますよ」
「でまた余計なことを云うようですがな、その為めに私の方では如何なる御処分を受けても差支えないという証書も取ってあるのですからな、今度間違うと、直ぐにも処分しますから」
三百は念を押して帰ってい去った。
彼は昼頃までそちこち歩き廻って帰って来たが、やはりかわせ為替が来てなかった。
で彼はお昼からまた、日のカン/\照りつける中を、出て行った。
顔から胸から汗がぽた/\流れ落ちた。
クラ/\と今にも打倒れそうな疲れた頼りない気持であった。
歯のすり減った下駄のようになったひより日和を履いて、手のやに脂でべと/\に汚れた扇を持って、彼はひょろ高い屈った身体してテク/\と歩いて行った。
それは細いだら/\の坂路の両側とも、石やコンクリートの塀を廻したおやしき邸宅ばかし並んでいるような閑静な通りであった。
無論その辺には彼に恰好な七円止まりというような貸家のあろう筈はないのだが、彼はそこを抜けて電車通りに出て電車通りの向うの谷のようになった低地の所謂細民窟附近を捜して見ようと思って、通りかゝったのであった。
両側の塀の中からは蝉やあぶらやみんみんやおうしの声
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