037クリトン プラトン文档格式.docx
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だけどまた、なんでこんな早い時間に来たのか話してくれないかね。
知らせたいことがあってね。
悲しみで僕の胸はいっぱいだ。
君にとってはそうでもないと信じたいんだが、君の友人である僕たちにとってはこれ以上の悲しい話はないよ。
話ってなんだい。
あの船がデロス島から戻ってきたのかい[#注二]。
それが戻ってきてから僕が死ぬことになっていたんだが。
いや、まだ船は着いていないよ。
だけど、今日中にここに着くことになるだろう。
スニオン岬で船を降りたという人にそう聞いたんだ。
だからソクラテス、明日には君の命はなくなってしまうだろう。
よく分かった、クリトン。
もしそれが神の意志であるなら、そうなってもいいんだ。
だけどね、僕には確信がある。
船は一日遅れるはずだよ。
なんでそう思うんだい。
では言おう。
僕は船が到着した次の日に死ぬことになってるね。
そうだよ。
当局がそう言ったんだ。
僕はね、船が明日までにここに戻るとは思えないんだ。
これは今し方見た夢から推測したんだ。
君が僕を寝かせてくれていてよかったよ。
で、その夢はなんと言っていたんだい。
とある女性が僕のそばに来たんだ。
色白で美しい人だったよ。
服も輝いていた。
それで、僕を呼んでこう言ったんだ。
「ソクラテスよ、三日目にそなたは幸おおきフティアに着くであろう。
」[#注三]
とっても不思議な夢だね、ソクラテス。
そうかね、全くはっきりしているとは思わないかい。
うん、あまりにもはっきりしているね。
だけどね、ソクラテス。
親友として、ぜひ君には僕の意見を受け入れて、ここから出てきて欲しいんだよ。
君が死んだら、僕はかけがえのない友人を永遠に失ってしまうんだ。
それだけじゃない。
君や僕を個人的に知らない人たちは、僕のことを、お金を出せば君を救えたのに、何もしなかったと思いこんでしまうだろう。
僕にとっちゃ大変な不名誉だよ。
親友より金が大事だなんて思われたくないんだよ。
大衆はね、僕が逃げるよう勧めたのに君が拒否したなんてことは信じないんだよ。
だけどさ、クリトン君。
なんでぼくらが大衆の意見を気にしなくちゃいけないんだい。
善き人は―この人たちのことを気にかければそれでいいんだ―物事を、起こったとおりに信じてくれるはずだよ。
でもね、ソクラテス。
大衆の評判も気にかけなきゃだめなんだよ。
今起こっていることを見れば、大衆は善い意見を見失ったら、どんな悪でも実行してしまうってことが明らかだろう。
そうだったらうれしいんだよね。
もし大衆がどんな悪でも実行できるなら、どんな善でも実行できるはずなんだよ。
もしそうだったらどんなにすばらしいだろうね!
だけど現実には、大衆にはどちらも実行できない。
なぜなら、大衆を賢くしたり愚かにしたりすることはできないからなんだ。
大衆がやることは、単に偶然の結果に過ぎないんだよ。
分かった、そういうことにしておくよ。
だがこれだけは言わせてくれ、ソクラテス。
まさか君は、僕や他の知人たちに、いらぬ心配をかけたくないだなんて思ってないだろうね。
そんなことは心配しなくていいんだ。
君が脱獄したあとに、僕たちがそのことで告発を受けて[#注四]、財産の一部、あるいは全部を没収されたりしないか、それよりもっとひどいことが僕たちにふりかかってこないか、なんてことは考えなくてもいいんだよ。
君を救うためなら、僕たちはもっと危険なところにでも飛びこんでみせるからね。
だから、僕のいうことを聞いて、従ってくれないか。
そうだね、クリトン君が言うようなことも心配してたんだ。
大丈夫だよ。
君を獄舎から出すのに大した金はいらないよ。
告発者だって、たいしたお金を言ってこないよ。
少し払えば満足してくれるさ。
僕の財布で十分払えるよ。
もし君が遠慮して、僕の金を使っちゃいかんというなら、かわりに用意してくれる人もここにいるんだ。
テーベ人のシミアーズという人が、そのために多額のお金を用意してきてくれたんだ。
ケベスもそうだし、他にも君が逃げるのに必要なお金を用立ててくれる人はたくさんいるんだ。
だからね、お金のことは心配しなくていいんだ。
それに、君が法廷で言ったような、追放されたらどうやって生きていけばいいんだろう、なんてことも気にしないでいいよ。
君のことは、アテネ以外ならどこに行っても歓迎してくれるさ。
テッサリア[#注五]には知り合いもいる。
君がテッサリアに行けば、君を大切にして、守ってくれるに違いないんだ。
だから、テッサリアだったら君を迷惑に思う人はいないはずだよ。
いいかい、君は間違っているよ、ソクラテス。
救われることができるのに、自分で命を捨ててしまうなんて間違ってるよ。
そんなことをしたら、君はみすみす敵の術中にはまることになるんだ。
敵のほうでは君に死んでもらいたいんだからね。
それからさ、君は自分の子供[#注六]を捨ててしまうことになるんだよ。
君は子供を養い、教育を受けさせることができるはずなんだ。
なのに君は彼らを見捨てて逝ってしまう、そしたら子供たちは偶然のままに捨て置かれるだろうよ。
親を亡くした子供たちが普通たどるような運命にあわなかったとしても、君にあんまり感謝しないだろうね。
人はね、最後まで育てる気も教育を授ける気もないような子供を作るべきじゃないんだよ。
君は一番安易な道を選んでいるような気がするよ。
それは善きことでも勇敢なことでもないし、一生自分の徳を磨き続けると公言している男のとるべき道じゃないよ。
僕はね、君だけじゃなく友人である僕らにとっても、本当に恥ずかしく思うんだ。
というのもね、この事件全体の成り行きが、僕らのほうに勇気が足りなかったためにこうなってしまったんじゃないかと考えてしまうんだよ。
法廷に持ってかれる必要はなかったし、違う結論に持っていくこともできたかもしれないんだ。
最後の判決も―全くばかげたもんだ―僕たちが怠けてて、臆病だったからそうなったのかもしれない。
僕たちがどんなことでもやる気だったら、君を救えたかもしれないんだ。
君だって、自分自身を救うのは簡単にできたはずなのに、それをしなかったことになるんだよ。
だからさ、ソクラテス。
僕にとっても君にとっても、結果として悲しみと不名誉が同時にやってきてしまうんだよ。
とにかく、どうしたらよいかを考えておくれ。
いや、どっちかというと、もう考えを決めてしまわなきゃいけないよ。
考えている時間はもうないんだ。
なすべきことはただひとつだ。
ただ、今晩中にすべてを終わらせなきゃいけないからね。
これ以上ぐずぐずしていると、もう実行する可能性がなくなってしまうんだよ。
だからさ、僕の言うことを聞いて、従ってくれたまえ。
ああクリトン君、君の熱意はとってもすばらしいよ、正しいものだったらね。
だが方向性が間違っていたら、それが大きければ大きいだけいっそう厄介なものになるんだよ。
だからね、君の言うことを実行するかどうか、よーく考えてみなくちゃならんよ。
なぜって、いつもそうだったんだけれど、僕はただ倫理的に考えてみて一番善いと思える言論にのみ従う、そういう人間なのだよ。
だから、今この時になって、自分自身の言葉を裏切るなんてできないよ。
僕が今まで尊敬してきた原則、それはいまだに尊重するに値するものだ。
だから、僕たちが他にもっと善い原則を見つけられないかぎり、僕は君には同意できないよ。
たとえ大衆が、その力でもって、監禁とか、財産没収とか、死刑とか、そんなものをちらつかせて、子供たちをお化けで脅かすように僕たちに迫ってきても、僕は退かないつもりだ。
ところで、この問題は、どう考えるのがいちばん適当なんだろうか。
人間の評価というものを僕たちは前に議論したよね、あそこに戻ろうか。
僕たちは昔、ある人たちの意見は尊重すべきだが、別の人たちの意見は尊重すべきではない、と言っていたよね。
ところで、有罪判決を受けた今、その主張はまだ正しいのだろうか。
それとも、昔は正しいものに思えた主張は、実は単なるおとぎ話に過ぎず、子供だましのナンセンスな主張に過ぎないのだろうか。
そこで、君と一緒に議論したいんだ、クリトン。
今の状況では、あの議論が違ってくるのかどうか、あの主張は守るべきか捨てるべきか。
思うに、あの主張は、権威ある人たちによって繰り返し主張されてきた。
僕が常々言っていたような形でね。
つまり、ある人たちの意見は尊重すべきだが、別の人たちの意見は尊重すべきでないんだ、とね。
ねぇクリトン。
君は少なくとも明日死ぬかもしれない、という状況に置かれた人間ではない。
だから、君はいわゆる第三者なんだし、置かれた状況によって判断が曇ることもないだろう。
だから言ってくれ、僕が言ってきたことは正しいのだろうか。
つまり、ある人たちの意見だけを尊重し、それを重んじるべきであり、他の人たちの意見を重んじる必要はない、というのは正しいのだろうか。
答えてくれ、僕の考えは正しいだろうか。
間違ってないよ。
良い意見は尊重すべきだが、悪いのはそうすべきじゃないんだね。
その通りだ。
賢い人々の意見は良いもので、賢くない人の意見は悪いものだろうか。
そうだね。
じゃあ、違う話ではどんなことが言われているだろうか。
体操の練習をしようとする生徒は、みんなが自分をほめたりけなしたりする、そういう評価に耳を傾けるべきだろうか、それともたったひとりの―医者だったりトレーナーだったりする人だとしてだ―そういう人の評価に耳を傾けるべきだろうか。
その人の評価だけを聞くべきだよ。
じゃあ、怒られないように注意し、ほめられるよう努力すべきなのは、そのたったひとりに対してであって、みんなに対してではないね。
確かにそうだね。
じゃあその生徒は、態度や訓練、飲み食いの方法を、どうするのが良いことかを知っているただひとりの主人が指示するように行うべきで、他の多くの人がまとめてくれたように行うべきではないと言うんだね。
じゃあ、もし生徒がその先生の言うことに従わず、その意見や賞賛を無視し、体操のことを何も知らない人たちの言うことに従っていたら、なにか悪いことをこうむらずにすむだろうか。
決してそんなことはないさ。
じゃあ、その悪いことというのは、その人の何に表れて、どこに影響を及ぼすんだろう。
それは体に影響があるに違いないよ。
悪いことをしていたら、体が壊れていくんだからね。
ところでクリトン。
これは他のことでも―いちいち挙げたりはしないけれども―真実なのではないだろうか。
特に、正しいこととそうでないこと、正当なことと不当なこと、善いことと悪いこと、こういった、今僕たちが議論しているテーマでは、多くの人の言うことに耳を傾け、それに従うべきなのか、それとも、そのことを理解しているひとりの人が言うことに耳を傾け、従うべきなのか、どっちなんだろうか。
僕たちは、他のすべての人が言うことよりも、善悪の基準を理解している人が言うことを恐れ、敬うべきじゃないかね。
もし僕たちがその人を省みなかったら、僕たちは、正しいことによって善くなり、正しくないことをすれば悪くなる、あるものを傷つけ、破壊してしまわないだろうか。
それとも、そんなものは存在しないのだろうか。
いや、あると思うよ、ソクラテス。
じゃあ、次に移ろう。
もし、善悪の基準を理解していない人の言葉に従って行動し、健康的なものによって良くなり、病的なものによってだいなしになるものをすっかりだめにしてしまったら、僕たちはより良い人生を送ることができるだろうか。
ところで、そのだめになったものというのは、やっぱり身体だろう、そうじゃないかね。
じゃあ、不摂生なことをして、すっかり身体がだめになったら、より良い人生を送ることができるだろうか。
送れないだろうね。
じゃあ、もしも、正しいことによって善くなり、正しくないことをすれば悪くなる、あの素晴らしいものがだめになってしまってもなお、より良い人生を送れるだろうか。
それとも僕たちは、正しいことやそうでないことに左右されるようなものは、身体に比べれば大したものじゃないと言うのだろうか。
決してそんなことはないよ。
身体より大切なものなんだね。
はるかに大切なものだよ。
だったら君、多くの人たちが僕たちについて言うことなど、尊重してはいけないだろう。
むしろ、善悪の基準についてよく知っている人たちがなんと言うか、それこそが真実だろう。
だから、君の忠告は間違っているんだよ。
正しいこととそうでないこと、善いことと悪いこと、立派なこととそうでないことについて、大衆の言うことを考慮すべきじゃないんだ。
だけど、そういったところで、「しかし、その大衆は僕たちを殺すんだよ。
」と言う人もいるだろうね。
そうだよ、ソクラテス。
そういう人もいるに違いないよ。
だけど、前の議論は驚くことに何の変わりもないんだよ。
ところでもうひとつ、別の意見についても同じことが言えるんじゃないだろうか。
人生で一番大事なのは、生きることじゃなくて、より良く生きることなんだ、という意見についてはどう思うかね。
そうだね、それも動かないね。
じゃあ、良い人生というのは正しく、立派に生きる人生だというのはどうだろう。
それも動かないね。
では、今までの前提をふまえて、問題を考えてみようか。
僕はアテネ人の同意が得られなくても逃げようとすべきなのかどうか。
もし逃げるのが正しいことだとなったら、逃げる準備をしよう。
だが、そうじゃなければ、このままここにいることにする。
君が言ったこと、つまり、金銭だとか世評だとか子供を養育する義務だとかは、僕が思うに大衆が気にすることじゃないだろうか。
さて、大衆というのは、たいした考えもなく人々を死に追いやるかと思えば、できることなら生き返らせたいなんて平気で思うような人たちのことを指すんだよ。
今はね、議論がここまで来た以上は、ただひとつのことだけを考えることにしよう。
僕たちが、自分で逃げだしたり、逃亡を手伝ってくれる人を容認したり、その人たちにお金をあげたり感謝したりするのは正しいことなのだろうか。
それとも、そんなことは正しくないのだろうか。
もし正しくないということになれば、ここに留まっていることで起こるであろう災難だとか死だとかは、考えに入れるべきじゃないんだよ。
君は正しいと思うよ、ソクラテス。
でも僕らはどうすりゃいいんだい。
一緒に問題を考えてみよう。
もしできるなら、僕の言うことに反論して、納得させてくれよ。
それでだめとなったら、アテネ人の意向に反して逃げるべきだと僕に言い続けるのはやめてほしいんだ。
僕はね、君が僕に逃げるよう言ってくれることについてはありがたいと思っているんだ。
だけどね、僕自身にとってより善い判断に対して裏切ることはできないんだよ。
じゃあ、僕たちの最初の位置を考えてみよう。
そして、君が最善だと思える方法で答えるようにしてほしいんだ。
そうするよ。
僕たちの主張というのは、僕たちは決して自分から間違ったことをしないというものか、あるいは、間違ったことをやるべき時とやってはいけない時があるというものか、どっちなんだろうか。
言い換えると、間違ったことは常に悪くて不名誉なことなのかどうか、ということだ。
昔こういうことを議論していて、僕たちはこの点で意見の一致を見たね。
それとも、その意見はわずかな日数でもって捨てられてしまったのかね。
僕たちは、こんなに年寄りで、しかもお互い長いことあんなに真剣に議論していながら、発見したのは、僕たちが子供と何の変わりもないということに過ぎなかったのか。
それとも、多くの人の意見があっても、あるいは結果の善し悪しにかかわらず、僕たちは、不正は常に悪いことであり、不正な行動は不名誉をもたらすものだと主張するのだろうか。
僕たちはそうすべきなのか。
だったら、間違ったことは絶対にしてはいけないね。
では、大衆が考えるように、不正を受けたお返しであっても、間違ったことをしてはいけないね、なぜって、僕たちは絶対に不正をしてはいけないんだからね。
確かにそうだよ、ソクラテス。
もう一度聞こう。
僕たちは悪いことをしてもいいのかな。
絶対だめだ。
悪いことをされた仕返しに悪いことをするのは、大衆にとっての教訓であるけれども、これは正しいのかな。
正しくないよ。
他人に不正をなすのと、傷を負わせるのとは同じことだからね。
全くその通りだ。
ということは、僕たちは何人に対しても、仕返ししたり悪いことをしたりしてはいけないんだね。
たとえ他人から危害をこうむったとしても、そうしてはいけないんだね。
だけどねクリトン、君が言うことの真の意味をよく考えてほしいんだ。
なぜって、この意見は今まで多くの人に支持されたことはないし、今後も少数派に留まるような意見なんだからね。
それに、この意見に同意してくれる人としてくれない人の間では議論が成立しないんだ。
互いの主義主張があんまり違ってるものだから、互いに軽蔑しあわずにはいられないんだよ。
では言ってくれ、君は今の意見に賛成で、僕と同意見になれるのかい。
決して他人に報復したり危害を加えてはいけないし、悪によって悪を防ぐのも決して正しくないと言えるかい。
ここを議論の出発点にしてもいいかな。
それとも、君はそれに反対なのかな。
僕はこれまでそう考えてきたし、今もそう思っている。
君が違う意見を持っていたら、ぜひ僕にそれを聞かせておくれ。
もし君が、昔同意してくれたのと同じ考えを持ってるんだったら、次の議論に移るよ。
進めてくれ。
僕の考えは変わってないよ。
では、次の議論に行くよ。
こんなふうな質問で始めようか。
人は自分が正しいと認めた行動をすべきか、それとも、その同意を裏切るべきか、どっちだろうね。
正しいと思ったことをすべきだよ。
だが、もしそれが正しいなら、その応用はどうなるだろうか。
アテネ人の意向に反して牢を出ることは、間違ったことにならないだろうか。
いちばん不正を避けなければいけないものに、不正を働いていることにならないだろうか。
僕たちが正しいと認めたあの原則を捨てていることにならないかね。
さあ、答えてくれ。
答えられないよ、ソクラテス。
何のことを言ってるのか分からないよ。
だったらこう考えてくれ。
今僕たちが、脱走―そう呼びたくなければ好きなように呼んでくれ―をしようとしているところに、国法が、政府とともにやってきて、僕にこう聞くんだ。
「答えよ、ソクラテス。
そなたは何をするつもりだ?
そなたがやろうとしているその行動は、我々を転覆させるものだ。
国法と国全体とを、そなたに関係ある分に限ってだが、ひっくり返そうともくろむことになるのだ。
それともなにかね、国家が転覆することなんてありえないとでも言うのか。
法の決定が無力で、私人の手によって決定が覆《くつがえ》されるような国家が存続し続けられるとでも言うのか。
」それに対して僕たちは、どんなふうな言葉で答えるんだろうね。
というのは、特に雄弁家みたいな人は、一度下された判決は有効であるとする法律を守るために、力のかぎり言うべきことがあるはずだからね。
彼らは法律をないがしろにしてはいけないと言うだろう。
それに対して僕たちは、こう返事するんだ。
「そうです。
しかし、国家の方が我々を傷つけ、不当な判決を下したんです。
」そう言ったとしたらどうだい。
まさにそれだよ、ソクラテス。
そうしたら、国法はこう答えるだろう。
「我々とそなたとの取り決めとはそんなものだったのか。
そなたは国が出した判決によってここにいるのではないのか。
」もし僕がその言葉に驚いたとしたら、国法はたぶんこう言うだろう。
目を見開いて驚くのはやめたまえ。
そなたはいつも、質問をして、それに答えることで考えを進めていくじゃないか。
我々に答えよ。
そなたは国家に対していかなる不満を持っているのか。
いかなることをもって、法律や国家を破壊する正当な理由とするのか。
第一に、我々はそなたが生まれてくるにあたって何もしなかったと言うのか。
そなたの父は、我々の助けを得てそなたの母と結婚し、そなたを得たのだ。
結婚を手助けした我々に対して、そなたはいかなる異議を主張しようというのか。
」異議はありません、と僕は答えるだろう。
「それとも、出生後に我々が与える養育や教育について、我々に異議を申し立てるのかね。
そなたも子供の時に教育を受けたはずだ。
そのために我々が定めた法律によって、そなたの父は君に音楽と体操とを教えた[#注七]のではないのか。
」その通りです、と僕は言うだろう。
「よろしい、それなら、そなたは国家の手によってこの世に生を受け、養育され、教育を受けたのだろう。
だったらそなたは我々の子供とか奴隷のようなものなのだ。
我々はそなたの父親も同然なのだ。
もしこれが正しかったら、そなたは我々と対等な立場にはないのだ。
従って、我々がそなたにできることを、そなたが我々にできるような権利なんて持ってないのだ。
そなたは自分の父親とか主人とかを殴ったり、悪口を言ったり、その他あらゆる悪を加える権利を持っているとでも言うのかね。
もしそなたにそういう人がいたとして、その人に殴られたり、悪口を言われたり、その他いろんな悪を加えられたとしても、そなたがやり返す権利を持っているとは言わないだろう。
我々がそなたを殺すのが正当だと考えたから、仕返しにそなたが私たち法と祖国を、そなたにできる限りの方法でもって破壊しようとする行為が正しいとでもいうのか。
真の美徳を愛するものであるそなたが、この行為は正しいのだとでも言うのか。
そなたは哲学者でありながら、祖国が自分の母や父や、その他すべての祖先たちよりもはるかに価値があり、気高く、神聖だということを見失ってしまっ
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